「みんな友達〜、だから飲みましょう」ってどう?ルチア祭

lucia




北欧的クリスマス前哨戦イベントのルチア祭が、
スウェーデン大使館で開催されているというので
行ってきました。選ばれし白装束を着たルチアの
女の子が頭にろうそくを灯し、練り歩くという
程度の知識しか持ち合わせていなかったが、入館するなり、そのイメージはいきなり崩れそうになった訳で。


「♪へーラン・ゴー、へーラン・ゴー〜」と
つい2ヶ月前にスウェーデンの友人宅の宴で耳にした
ソングをかなりのラウド・ヴォイスで叫んでいるじゃありませぬか。
どうやら、このブース担当のおじさま方がシナップスの入った
ショットカップ(グラスではない)で例の一気飲み大会を開催している模様だった。
その飲みっぷりといったら、潔いこと。おじさん3人がほぼ同時に飲んでいるんですから。
しまいには、日本語訳で歌うという芸当も仕込んできていてホント楽しそうでしたな。
ワシなぞ、あちらで立て続けに一気に3杯飲んで本当に死にそうになったので、
「あの時」の恐ろしい映像がよみがえってきて一瞬ひるんでしまった訳で。
同時にシリアライン船上でまたもや見た酔っ払いスウェーデン人が重なってしまいました。

でも、ジンジャーの入ったワイン、グロッギで温まり、ジンジャービスケット、
そしてサフラン入りのルチアのロールパンを、これまたダーラナホースの
イラスト入りの可愛いポットより注がれたコーヒーで正統派
に楽しみましたぞ(これ合ってます?)。


で、メインのルチア姫以下が登場。皆一様に若い女の子、男の子。
東京にこんなにスウェーデン人いたのね〜ってな感じで驚きましたが、
メインの姫は手をずっと合わせていて、まるで聖職者の如く印象。
このあいだ、ずっと歌を歌っているのですが、誰か決まった子がイントロを
歌い始めて流れにのっていく、良く言うとアドリブ的な構成でした。
でも、本格的な方法はどんな感じなのでしょうかね。
やっぱり指揮者がいたりするのだろうか?気になりますな。
いつかは、あちらで実際に参加してみたいものですなぁ。


三度目の正直。ルイジアナ現代美術館へ

ルイジアナ現代美術館



3年前から現地友人にも強力に勧められていた
ルイジアナ現代美術館
をようやく訪れることに相成りました。


この美術館の何がいいかっていうと、
誰もが口にする海に面した景色の良さでしょうな。
とにかく、どんな感じなのかすぐに見たい気持ちが
抑えられなかったのだけれど、幸運にも
故リチャード・アドベン氏の写真展が引き止めてくれた。
ポートレートで有名な氏の写真は日本じゃ、なかなかお目にかかれない故、
非常に貴重でワンダホーな内容になっておりましたぞ。以上、他の展示は見てません。
とりあえず、軽いランチにしようとしたが、あいにくまだランチ・タイム
ではなかったので、パンとカフェ・オレをオーダーして、いざ中庭のテラスへ
向かうとそこは、なんとトゥーマッチなランドスケープ
ボートを漕いで大海原へ繰り出す人たちもいたが、さぞかし気持ち良いのだろうね。
それにしても、今回も滞在時間わずか2時間。
まだ2日目だってのに、何故そんなに急ぐのか?
これが、コペンハーゲン超巻きでの滞在の序章に間違いない訳で。

Louisiana Museum photo stream

コペンハーゲンの夜は更けて

Kongens



初日、コペンハーゲンに到着してから、
今晩8時までの数時間が非常に忙しくなりそうだった。
毎度のように、軽くストロイエの店を流してチェックしてから、
今回は西の方にあるフレデリクスベア地区のレストラン
マイヤーズ・デリ」へと向かった。
デリというと気軽な店を想像できるが、こちらもその通り、
いかにも店内は適度なリラックスモードになれる雰囲気。
しか〜しっ、味のほうはというと、これが予想外に本格的で驚いた。
北欧での食事情をご存知の方なら既にご承知のことと思うが、
北欧では滅多に旨いものを口にする機会がない(ワシだけかもしれない?)、
注文した仔牛のローストの焼き加減はもちろんソースに、
思わず「まいう〜」の連発でエキサイトしてしまいましたなぁ。
価格も良心的、またグラスワインの量は東京の3倍くらいと、これまた二重丸!
でも、このおかげで、後でツケが回ってくることに。
カミさんと内輪で勝手に盛り上がりつつ、初日から美味しい食事が出来たことに感謝。


腹ごしらえができたところで、急いで本日のメイン・イベント、
念願のジャズ・ナイトへ突入した。
おととし2005年より念願だったコペンハーゲン・ジャズハウスへ潜入。
前身は、ヨーロッパでも有名だったカフェ・モンマルトルで、
ビル・エヴァンスのライブ・レコーディングが名盤で
あることでも有名な正統派のジャズ・クラブである。
事前にチケット、時間などメールでチェックしていたので入場はスムーズ。
入場の際に手の甲にオリジナル・スタンプを押されてしまったが、
これはよくある、クラブ(踊るほうの)入場の時の儀式
みたいなものだが、なんだかジャズクラブには不似合いですな。
まぁ、チケットなど発行していないのでしょうがないという気もするね。


階下へ降りて行くと、もの凄く雰囲気の良い空間が目の前に
(と言っても、2年前に既にチェックしていたが)。
天井にはシャンデリア、テーブルにはキャンドルのみという
照明の使い方がいかにも北欧的な印象がしたぞ。
で、まずアメリカン・ダイナー的ドリンクカウンターで飲み物をオーダーし、
いざハブ・ア・シート。しか〜し、あまりにも暗くてなかなか目になじむまでが大変だ。



出演は、女性ベーシスト、アン・メッテ・イベルセンのカルテット。


今回、プレイヤーは問わず、この素晴らしい空間での音響に興味があった。
正統派ジャズのスタイルから奏でられるサウンドに注目していった訳だが、
緩くテンションを多用した曲調のせいか、先ほど飲んだワインが旅の疲れとともに効いてきて、
いつの間にか水のみ鳥の如く「かっくん」きてしまって、とうとうカミさんに促されることに。
ん〜、流石のワシも今日は厳しい状況と実感してしまい、これから暫し体力、気力との闘い、
そしてまさにミュージシャン達のサウンドに立ち向かうしかなかった訳で。


音の聞こえ方に関しては、ライブ・スペースの中央ほどではバランスが良いが、
各席まで届く音が少し遠いなぁと感じてしまった。これは、ドアを開け放していることが
原因の一つと考えられるが、できればステージに近い場所で聞くのが、臨場感を
ダイレクトに味わえることができるので、まぁベストなのではないかと思うね。


40分ほどの1stセットが終わり、クラブなので当然2セット以上あるが、もう睡魔で限界だった。
ここはストロイエから近いながらも、あまり人の気配もないが、雰囲気だけはなかなかですな。
ほとんど人影がないストロイエをコンゲンス・ニュートゥまで歩き、開通したばかりだが、
わりかし汚れている車内のメトロでホテルへと戻ったが、なんだか妙に寝つきが悪くて、
翌日は眼が開かなくて困ってしまった訳で。


Copenhagen Jazz House photo stream

濃厚な「人付き合い」の北欧の旅

SAS



今月初旬、毎度の北欧へと行って参りました。
事前の気候調査で、かなり寒いなぁと思っていたものの、
はるかに予想を上回る寒気(トゥルクでは吹雪)で風邪を
引きそうになりましたが、そこはなんとか気合いで
乗り切ってきました。


それにしても、今回は友人に会う機会があまりに多かった。
実家にも招待もされたりで、スウェーデンでは、
シナップスのスコール(乾杯)の連続で撃沈され、飲めないからって、
「ハラキリ〜」とか言われて参った訳だが、その名もStig
(念のため、苗字はリンドベリではない)というおじいちゃんが
これまたいい味を出していて、かなりエキサイトしていたのか、
宴の終盤に勝手に踊り出したりして、今回の旅の印象に残る人、ナンバー1だった。


フィンランドでは、木こりのような、熊のようなパパに
一瞬おののいたが、無言で食事を勧めてくれる親切さに感謝したり、
名人ママの先導により、裏森でキノコ狩りをしてすっかり自然を満喫してしまったねぇ。


まぁ、スケジュールの調整に苦労したが、
滅多にできない貴重な体験をすることができた訳で。
なので、夜も宿でゆっくりもしてられず、結局、移動の前日に
ほぼ徹夜、または早朝にパッキングという、いつもの?行動パターンに。
一番参ったのが、帰国直前のパッキングで、思わず死にそうになりましたなぁ。
毎年同じようになるとわかってながらもやっぱりキツイですなぁ。


今回はSASを利用しましたが、非常口の座席は足元が広く快適。
アテンダントの方とは帰りの便でも一緒になるという、これまた奇遇な事。


今回、初の3カ国のメインの蚤の市を廻ったが、コペンハーゲンからストックホルム
そしてヘルシンキと移動するにつれて、寒さも一段と厳しくなったので、気のせいか規模も
縮小。秋は店も客にとっても結構大変なイベントのようですな。


それから、今回はちゃんと写真を撮ろうと思っていたので、メモ用にデジカメ一台、
白黒の景色用に一眼レフ一台、カラー用にレンジファインダー一台の合計三台で臨みました。
結果からいうと、無駄に撮りすぎました(笑)。2500枚ほどでしょうか。
撮影環境では、ストックホルムでの早朝は寒すぎました(気温2度)。
そして、駄目押しなのが、重すぎました。各国の蚤の市でカメラ3台を
衝動買いしてしまい、帰りはさらに重くなってしまった。
でも、驚きの価格でゲットできたので良しとしよう。「許す!!」



では、次回からぼちぼちいきます。


Scandinavia photo gallery 2007

まさに決定的瞬間だった光景

H.C.B.



ひと月前まで、東京国立近代美術館で開催されていた、
アンリ・カルティエ・ブレッソン/知られざる全貌
1947年にロバート・キャパらとともに
写真家集団マグナムを設立したメンバーでも
有名な写真家なのは
周知だと思いますが、俗に巷で言われている、「決定的瞬間」という
代名詞を持つアンリ・カルティエ・ブレッソン氏(以下HCBに省略)
の作品はどれも見ごたえがありました。
「知られざる全貌」というテーマの通り、膨大な展示作品を見れば、
HCBの活動されてきたこと全てが理解できるような構成でした。
今や、HCBの写真は古典的作品とも言えるものかもしれません。


そして、2003年祖国パリでの巡回時に逝ってしまったことは、
あらかじめ運命付けられていたのかもしれないと感じてしまった訳で。


作品の構成は以下でした。
1.クラシック1
2.ヨーロッパ 1930年代、メキシコ
3.インド、中国、バリ、インドネシア、中東
4.アメリカ、ソヴィエト、風景
5.クラシック2、ヴィンテージ・プリント、肖像
6.日本
7.ヨーロッパ 1950年代
8.思い出の品
9.デッサン


特に貴重な展示だったのが、彼自身の手で焼付けられた
「ヴィンテージ・プリント」でしたなぁ。
なんせ、撮影直後のプリントされたものですから、数々の「決定的瞬間」
を捉えた作品には、なんだかゾクゾクする気持ちで拝見してました。
モノクロ独特の、グレーの階調にはHCB自身、確固とした考えを持って
いたようで、豊かなグラデーションには目を見張り過ぎてしまった。
やはり、モノクロはプリント如何で印象が違うし、焼付けしてやっと
作品という形になることを改めて実感したねぇ。


また、肖像(ポートレイト)では、HCBのポリシーである、
「モデルの内に秘めた静寂」を捉えるためには、
「被写体のシャツと肌のあいだにカメラをすべり込ませる」
ことが重要だという有名な言葉が非常に耳に残った訳で。
ここで、米の作家ウィリアム・フォークナーの姿を初めて見た。
かつて米文学の授業での「Red Leaves」の作者が
こんなにダンディだったとは!非常に意外でした。


ちなみに、日本には、1965年来日。翌年の日本での写真展に向け、
5カ月に渡って撮影したという。主に人間を撮ったものが多かったが、
禅の風景にも興味を持っていたようです。
HCBならではのカメラ・アイが独創的で非常に興味深かったね。
これは、大いに参考になるべき作品群でしたよ。


日本は、ここ東京国立近代美術館だけで、他に巡回がないのは
残念だと思いますが、これだけ膨大でまとまった作品はそうは見られない
貴重な展示でした。在日フランス人も結構見られましたね。


折しも本日は、米国同時多発テロから丸6年。
事件から、3ヶ月前の6月にちょうど訪米していたので、
今でもビル倒壊の映像が出ると、あの一帯のイメージが鮮明に甦ってきて、
まさに信じられないといった感じです。


そして、もし、HCBがこの世に存命していたら、
どのような「決定的瞬間」を捉えていたことだろう。
あの衝撃的なシーンに対して、シャッターを押すことができたであろうか。
氏でしても、かなり難儀な被写体だったのではないのだろうか。


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瞬間の記憶


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おや、意外!こんなところにも・・・Rad.ミニライブ

Rad.1st album



只今、来日中のアーティスト、Rad.
東京は、コットン・クラブでやっているとの
情報をキャッチしていたが、なんと、なんと、
無料インストアライヴがあるということで
日本橋のコレド内のセレンディピティへ。


rad.名義でのギグは今回が初ですが、
名前は知らなくても、最近ではプリンス&N.P.Gや
シーラ・Eの来日ツアーに参加していたので、
お顔や卓越したキーボード・プレイを拝見、拝聴
したことがある方もいらっしゃるかもしれないっすね。
で、このRad.こと、Rose Ann Dimalanta。
アメリカはカリフォルニア州オークランド出身の
フィリピン系アメリカ人で、4歳からピアノを始め、
初期ジャズ・ジャイアンツの一人でもあるエロール・ガーナー
ビル・エバンスに影響を受けたということです。


ここで、音楽の世界でアメリカ西海岸、ベイエリアと言えば、
まず、わかりやすいところで、ヒューイ・ルイスですよね(えっ、やや違うって?)。
そして、次にヒューイとも交流のあるファンク界の良心、タワー・オブ・パワーですね。
というわけで、当然のことながらTOPとは2枚目のアルバム「gotta be」で
共演を果たしていました。おそらく、西海岸特有の多民族の環境によって、
ラテン、ソウル、ファンク、ヒップホップなどの音楽シーンの影響を
じかに受けてきたと思われますね。


説明はこれぐらいにして、30分というミニライブの感想ですが、
rad.が登場。おっ、すごく小柄だ。彼女の前にはヤマハのキーボード(モチーフ)が一台。
あの、ファンキーなプレイも封印されてしまうのかなと思っていたら、
いきなり、敬愛しているダニー・ハサウェイ・ヴァージョンのイントロで
「ソング・フォー・ユー」をプレイし始めたではないか。
まるで、ダニーのアルバムをほうふつさせるような厳かな始まり方だったが、
みるみるうちに彼女の世界観が聴衆を圧倒しましたな。
もろゴスペル・フィーリングの歌い方と絶妙の間の取り方をした
ピアノ・プレイが涙するほど素晴らしかったねぇ。
これ一曲でつかみはOK。そして、往年のヒット曲、といっても93年頃だが、
弾き語りヴァージョン、「gotta be」をルースな感じで始めた。
rad.サウンドの要ともいえる、フェンダー・ローズ、クラヴィでのリズミックなプレイが
ここでも縦横無尽に炸裂していた。これだけプレイのポケットがあるということは
数多くのクオリティの高いセッションをこなしてきた証でもありますな。
途中、おなじみのコール&レスポンスでお客もホットになるものの、
客がリズムを取っているクラップと一緒にどう演奏を終わらせるかタイミング
を計るrad.がそこにいるというのが、こちらも多少緊張する瞬間だった。
その他、ラテン・フレーヴァーが溢れるチューンで、いぶし銀的鍵盤の
インタープレイも交えてくれ、数曲披露し拍手喝采で無事終了した。


30分のミニ・ライブの後、嬉しいことにサイン会を設けてくれたrad.。
デビューアルバム(92年)とヒットした2枚目(93年)を持っていきましたが、
Wowとか言って、驚いてましたな。周りを見ても、初期からのファンはワシの他に
数人だったからでしょうかね(あっ、歳がバレてしまう)。
でも、まぁ、喜んでくれているようで良かったですが・・・。
ライブ中のMCの様子から思っていたのだが、彼女、話をしてみても非常に感じの良い方で、
尚且つ、やる気が全身にみなぎっていましたよ。
「新しいCD買ってくれた?今夜のライブは来てくれるの?きっとよ、きっと!!」などなど、
相手がこんな感じなので、とりあえず、かなり早口で言いたいことは伝えました。
で、気が付くとそばにスーツ姿のアメリカ人男性が。実は演奏中から気になっていたのだが、
正体が判明しました。彼女いわく、夫でプロデューサーということです。なるほど、どうりで。


そして、画像にもある、デビューアルバム「radified」。
よく見てみると、なんと彼女があの、有名なチェア「ボール・チェア」に
腰掛けて、いや中に入って逆さまにこちらを見ているではあ〜りませんか?
ちなみに、ジャケットをひっくり返すと、チェアの後ろ側がもれなく見られます。
ん〜、なかなかサービスの良いアートワークになっておるね〜。
そういや、去年のフィンランド・カフェにドンと展示されてありましたなぁ。
以前に目黒通りのインテリア・ショップで文字通り潜り込んだことがありますが、
身体をすっぽり収めると、周囲の音もシャットアウトできるし、不思議と安心感が
芽生えてくる訳で、自分の世界に没頭したりするには最適のデザインされた空間
だということが体験できますよ。
しかし、フィンランド人、エール・アールニオ氏のデザイン・チェアが
ファンク界をすでに席巻していたとは意外や意外でした(嘘です!)。


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